2004年1月25日

「義人の祈り」(ヤコブの手紙5・16〜18)
テーマ:『祈り』、義人の祈りには力がある。
04.1.25.和白教会、説教者:黄仁坤

 元旦がもう一ヶ月近く過ぎて、正月のムードはすっかり消えていますが、韓国ではこの間の22日が元旦でありました。韓国だけでなく多くのアジアの国々ではこの日が元旦でありますが、勿論、これは旧暦にしたがってであります。日本と同じく韓国でも元旦になりますと「民族大移動」と言われるほどでありまして、殆どの人が故郷に帰って、お墓参りをしたり、親を中心とした家族が集い団欒とした一時を過ごします。私も昔、元旦になりますと良く新しい服を買ってもらったり、多くのご馳走を食べたりしていた事を覚えています。遊びとしては元旦あたりに凧を上げたり、独楽を回したりしていました。子供の時の楽しかった記憶は今も美しいものとして残っています。
 韓国の新聞をインタネットで見ますと半分以上の子供達が親に期待するお年玉は平均1万ほどであるそうです。この子供達のこのような勝手な期待とは裏腹に半分以上の親たちは五千円から千円のお年玉としてあげようと考えているようであります。正月になると子供にお年玉をやる風習は中国にもあるようですが、中国では赤い封筒に新しい札を入れてやるのが礼儀であるそうです。因みに言いますが、日本の小学生が貰うお年玉は平均2万4668円であるそうです。
 私の子供の時は良く先ほど言いましたように凧を上げたりしながら遊びましたが、凧は自分で作っていました。竹を細く切って、これにご飯を潰した糊をつけて韓紙に貼り付けたわけであります。糸巻きも粗末でありながら自分で作りました。凧以外にも多くの遊び道具を自分で作ったりしました。しかし、今の子供達の多くは正月になるとお年玉をもらってゲームのソフトを買うのを楽しみにしているようであります。それが彼らの大きな遊びであり、楽しみにのようであります。自分は年をとっているつもりではありませんが、最近の子供たちの遊びを見れば、何かおかしく思われて仕方ありません。
 何の労もしないでただ何でも親からもらったお金で買ってしまう事に疑問を覚えざるを得ません。竹を削りながら手を切ったりして、自分の手で作った凧が空高く昇る時の喜びのようなモノを子供たちから奪ってはならないと思います。今はこのような大事なモノが奪われた時代であると言って良いと思います。
 こう考えますと私たちの教会では子供たちを集めて、共に針千本を土を捏ねて作ったり、白いシャツを自分が好きなように染めてみたり、自分だけのカレンダーを作ったりしています。このような働きがますます求められている時代ではないかと思います。自分の手で作ったモノとただ買ってもらったモノとは大きな差があるはずです。
 今月は「祈り」をキーワードにしてメッセージをしておりますが、祈りも今申し上げてような事と似ているのではないかと思います。すなわち、祈りもなかったのに与えられたモノを私たちが大事にする事が出来るでしょうか。汗を涙を流して得たモノが本当の喜びであるように、涙と共に祈り、苦難の中で祈り、その祈りが適えられた時こそ本当の喜びがあるのではないかと思います。
 さて、今日の聖書の箇所は今まで見てきた聖書の個所と少しそのおもむきを異にしています。今月の初めのメッセージで祈りとは「有限な人間が無限の力の神様への呼びかけである」と申しましたが、これが祈りの基本であります。イエスも「祈る時る自分の部屋に入り、戸を閉じて隠れた所でおいでになる父に祈りなさい」と言いました。祈りとはこのように私たちが神様に向かって呼び求めることであります。今まで三回のメッセージもこの基本に沿って申し上げたつもりであります。しかし、今日の箇所ではまず、向き合うのが神様でなく、隣人と向き合って互いに罪を告白し、祈り合うことを勧めている箇所であります。なるほどと言う感じがします。というのはヤコブの手紙は私たちの信仰生活において実践的な勧めが多く語られていますが、今日の箇所でも祈りを一人で寂しいところだけでするのでなく、実践的に兄弟姉妹と共に祈り合うことを勧めているのであります。
 今日の箇所の全体的な構造を先に見ますと、16節の前半ではまず、今申しましたように「互いが罪を告白し祈り合いなさい」と言う勧めであります。そして、後半では「義人の祈りには力があり、効果がある」と語られています。その後の17節、18節では義人の祈りの例としてエリヤの祈りが紹介されています。
 まず、今日の箇所とは話が前後しますが、聖書が言う「義人」とはどのような人であるかを考えてみたいと思います。聖書はすべて罪人であると宣言しています。随所で「この世に義人は一人もいない」と断言をしています。と言いながら今日の箇所では義人の祈り
には力があると言うのであります。
 それで、聖書が言う「義人」とは総合的に考えなければなりませんが、結論だけを言いますと聖書で言うの「義人」とは神の前で罪の赦しを求めつつ歩む者であります。このように聖書が言う義人と世間が言う「義人」、すなわち、正しい人とはその意味が違うものであります。
 世間では正しい人と言えば、常識やこの世の礼儀作法などに照らして概ね誤りのない人をそう言います。ある意味では外観上、問題がないひとを一応の正しい人と言います。勿論、このように外観上だけで評するのでなく、自分の内面にある良心に従っている人をも正しい人であると言います。例えば、典型的な例であろうと思いますが、ソクラテスは獄中で全く理不尽な死刑宣告を受けてでも彼の良心に従って、すなわち、自分が信じているところの悪法であっても従わなければならないと言う信念に従って、毒杯を飲むわけであります。これはソクラテスは自分の内面的な信念に従って正しいことを選んだ訳であります。このような人々をも世間は「義人」と言います。
 少し余談になるかも知れませんが、義人と言う時の「義」の字を見れば「羊」の下に「我」と言う字の組み合わせになっています。それで教会ではしばしば「義」とは私たちの罪を償おうとして捧げられた羊、すなわち、イエス・キリストの下に「我」を置くのが「義」であると言います。これは信仰的な解釈としては正しいと思いますが、実は「字源」の辞書を見ますと上にある「羊」とは「善」の変形であります。こう考えますと我が見て善しとするところに「我」を置くのが「義」と言う意味になるかと思います。この意味での義とは先ほど言いましたようにソクラテスが自ら死を撰ぶような義であります。
 考えてみれば、信仰のない方にとってはこれは究極の義であろうと思います。すなわち、この世のすべての人が我を非難しても自分しか知り得ない事情があり、結局は自分が善しとするところに従うしかないのであります。これとは逆にこの世のすべての人が私を正しい人であると言っても自分はそれを認めることの出来ない事情も幾らでもあり得るのであります。
 このように信仰のない方々にとっては自分が義についての最後の砦でありますが、信仰者は自分が最後の判断者ではなく、神様に最後の判断は委ねます。また、私たちは人は完全無欠でなく皆何処かで過ちを犯しながら生きていると言う事を知っています。ですから、信仰者は神に赦しを求めつつ、神に最終的な判断を委ね、御言葉を聞きながら今を生きる群れであります。このような信仰の中で生きる者が聖書が言う義人であります。このような信仰に立っている私たちは幸いであります。なぜなら、み言葉が言うように自分が自分を義人であると弁明しなくとも良いからであり、例え、すべての人が私を悪人と言っても神様が私たちを義人であると言っているからであります。
 このように私たちは罪人でありながら神様に赦されて義人となっています。それで隣人との関係の中でも赦された者として、隣人との関係を築いて行かなければならない所に立たされているのであります。今日の箇所の「罪を告白し合い」を言い換えれば、「罪を互いに赦し合い」と言う言葉になると思います。罪があるから赦し合うのであります。罪もないのに赦し合うと言うことは論理的に不可能であります。私たちのすべの人は罪人であります。自慢できるところのない者であります。ですから、隣人の罪を見る前に胸を打ちながら自分の罪を顧み、隣人を私より優れた人として見上げなけれならないのであります。ここから初めて対話が始まり、心の通いが始まるのであります。神様の前にしろ、人の前にしろ、この罪の告白なしにはいつまでもただ表面的な関係にとどまってしまうのであります。
 この事について少し実践的な話をしたいと思います。私たちの教会の規模でだけであっても皆と等しく、緊密に過ごすことは無理であります。ですから教会の中でも祈りの仲間を作ることが大事であります。それで互いが祈りの課題を共有し、悩みを分かち合えるような祈りの友を持つことが望ましいのであります。ですから、それぞれの家庭集会に出向いて互いが御言葉を分かち合い、祈り、交わる事を勧めたいのであります。また、教会での水曜日祈祷会では2,3人ずつ組んで祈りあっていますが、このような祈りの形式も大事であり、このように聖書的な根拠をも持っているのであります。
 私の高校時代を少し紹介します。精神的にかなり厳しい時でありました。家の経済的な事情が悪くなって、親同士の喧嘩が絶えなかった時期でもありました。家にいるのが段々嫌になってしまいましたが、学校に行くのは楽しくて仕方なかったほどでありました。なぜなら、何でも話し合える友人がいたからであります。互いの悩みを話し合い、互いはほぼ何でも話し合えるようになった友人がいました。これによって多くの苦しみから解放されましたが、おそらくそのような友人がいなかったら全くとんでもない道に入ったかも知れないと思っています。
 教会に導かれた後も同じ経験をしました。信仰を共にし、悩みを分かち合える友を教会で出会うことが赦されたのであります。このような交わりを通して、大きく慰められ、段々正気を取り戻すことが出来たのであります。
 話が逸れましたが、義人の祈りとは聖書が言うようにまず神様の前に赦され、その関係を隣人に広げて行くモノであります。繰り返しになりますが、神の前にまず祈り、後は仲間と共に、教会の為に、更にはこの世の為にと言う具合に祈りの輪が広がっていくのであります。自分の益や健康の為の祈りに止まるのでなく、隣人の為に、教会の為に、この世の為に祈るのであります。
 そのような義人の祈りの例として、今日の箇所ではエリヤの祈りを挙げていますが、エリヤは北イスラエルの人でありました。彼についての記録は列王記上17章、18章に記されていますが、彼が祈りをすると3年6ヶ月雨が降らなかったと記されています。なぜ、このようなとんでもない祈りをしたのかを見ますと、彼の時代はアハブの王の時代でありました。この王は神の前に悪を行っていました。列王記16章の25節を見ますと「オムリは主の前に悪を行ない、彼より先にいたすべての者にまさって悪を行い」云々とされています。ここのオムリとはアハブの父でありますが、アハブの父もこのように悪を行っていた人でありますが、彼が死ぬとその息子であるアハブが王を継ぎます。
 列王記16章の30節を見ますと先ほどの25節とほぼ同じ口調で語られています。読みますと「オムリの子アハブは彼より先にいたすべての者にまさっての主の前で悪を行った」と記されています。この二箇所を纏めますと、アハブの父も先の誰よりも悪を行ったが、この父にもまさってその子アハブは悪を行ったと言うことになります。
 聖書が何をもってアハブがこのように前例がないほどの悪を行ったと強調するかと言えば、彼はイスラエルの王でありながら、妻イゼベルにしたがってバアル神に仕えるようになったのであります。バアル神とは、農耕のための神とされていました。それで多くの人々はもし雨が降らなければ、神殿に集まり雨を請う儀式をしたりしていたと思われます。また、そのために神殿娼婦が動員され宗教儀式として淫乱な行為が行われたりしていました。この事をアハブ王が善しとしていたのであります。これを見ていたエリヤは自分に仕える神に祈って雨が降らないように祈ったようであります。より正確に言えば、バアル神殿での祈りに合わせて共に雨を願うことをしないで、黙っていたのでありますが。兎に角、彼は雨を願わなかったのであります。それで神様もこの祈りを聞き入れて雨を降らせなかったと聖書は語っています。
 エリヤは自分の生きた時代の悪を見て、そのために祈りをして神様の力が現れることを願っていましたが、聖書はこのエリヤの祈りを義人の祈りであると言っているのであります。私たちも共に私だけの為に祈るのでなく、兄弟姉妹の為に、この良きない時代の為に祈り、また、働きかけて行きたいと願っております。