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2005年1月30日 |
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「主を喜ぶ事が力」(ネヘミヤ8・9〜12) テーマ:主を喜ぶ事とは単なる感情の次元ではない。 時:05.1.30. 於:和白教会 説教者:黄仁坤
先週の日曜日の礼拝の後は例の小羊会がありました。教会学校の時にも子供たちが集まるように呼びかけていますが、それだけでなく、小羊会と言うプルグラムをもって幅広く子供に呼びかけたり、また、教会に来られなくなった子供たちに新たな気持ちで教会に来る事の出来る切っ掛けとなればと願いつつ、第4日曜日に小羊会を行なっている訳であります。 先週もいつものように小羊会を始める前に共に食事をしましたが、その為に婦人会の方々が子供たちの食事を用意して下さいました。私も裾分けを頂きましたが、団子汁でありました。久しぶりと言うか、昔の事を思い出させてくれる料理でありました。とても美味しかったので、我が家でも早速何日かの後にそれを真似した作ってみました。団子汁は何時も私には懐かしいものであり、語り草でもある食べ物でありましたので、それを食べながらミヒャエラに私の昔話をまた始めようとしましたが、「団子汁は美味しいけど昔話は余り楽しくないよ」と断られてしまいました。 今日はこの間、ミヒャエラに話そうとした私の昔話からメッセージを始めようとします。皆さんの中でもそのような貧乏話や苦労話はもう沢山だと思われる方もいるかも知れませんが、少しだけ我慢していただければと思います。私は子供の時、よく水団を食べていました。しかし、この間、頂いたような水団のように、鶏の肉や野菜がたっぷり入ったモノでなく、炒り子で取ったスープに精々ねぎが浮いている程度の水団でありました。でも、私は幸いにお腹いっぱいに食べる事は出来ました。 しかし、周りの子供たちは食べ物が無くて学校に弁当をもって来れない人々もいましたし、乞食をする子供や廃品を拾い集めてそれで何とか食つないでいた子供もいました。言わば、「絶対貧困」の家庭の子供たちであります。この「絶対貧困」と言う言葉をわたしは何処かで聞いて覚えていますが、このメッセージを準備しながら広辞苑を広げてみましたが、のっていませんでした。その代わりに私がイメージしていた「絶対貧困」と言う意味と似ていると思われる「貧困線」と言う言葉は載っていました。それによりますと「それ以下の収入では一家の生活を支えられないと認められる境界線」となっていました。ですから、「絶対貧困」とはこの貧困線の下にいる状態であると理解しても良いと思います。 「絶対貧困」とは勿論「相対貧困」と対ともなっている言葉でもありますが、絶対貧困とは「衣食住」の問題が最小限度においても足りていない状態であります。例えば、芋や水団さえも食べる事が出来なくて、命の危機に曝されている状態を絶対貧困と言えるだろうと思います。 私の子供の時はこのような絶対貧困に苦しむ人々が多くいました。実際に私たちと遊んだりしていた子供がある日、空き家で凍死体で発見されたりしていました。そのような事を見ながら成長してきた者にとっては、やはり食べ物は単純にお金に換算できるようなモノでありません。つまり、食べ物は命と言う感覚が頭の何処かに強烈にこびり付いています。 如何でしょうか、今の私たちの周りに絶対貧困に苦しむ人々はいるでしょうか。私が見る限り、非常に少ないと思います。勿論、相対貧困、つまり、他人との比較において自分は貧しいと思う方はあろうと思いますが、一部のホームレスのような方を除いては、食べ物、着る物、寝る場所が無くて困っている人は戦時中や戦後と比べて非常に少ないと思います。ホームレスの方の問題は勿論、依然として残っていますが、一般論としては、それより精神的な貧困が更に大きい問題であろうと思います。 さて、今日は主の晩餐がある日でありますので、このように食べ物の話をし、また、食べ物の話が取り上げられているところを今日の聖書の個所といたしましたが、今日の個所はネヘミヤの呼びかけによって始まった神殿補修が終わっての感謝礼拝が行なわれているところであります。もう少し申しますと、ネヘミヤには信仰共同体としての重要は役割や意味をもっていた神殿補修と言う祈りが起されていました。それで彼はペルシアの王の協力と多くのイスラエルの人々の協力によって神殿補修を終えて、それを感謝して捧げる礼拝の様子であります。 ネヘミヤの全体の内容を理解するのに役に立つと思われますので申しますが、9節の初めを見ますと「総督であるネヘミヤと祭司であり、学者であるエズラと」なっています。礼拝の場面であるのに祭司の名より、官職の名と共にネヘミヤの名が先に紹介されています。今の時代であれば、教会の何か行事なのに、牧師を先に紹介しないで、例えば、何処何処の社員ないし勤め先の役所の名と共に信徒の名を先に紹介しているような格好であります。 これは先々週にも少し申しましたが、一般信徒であるネヘミヤが祭司より先立って神殿再建の為の呼びかけをしていたからであります。この事は信仰共同体は必ず祭司、今風に言えば、牧師ないし神父によって導かれるということでない事を示唆しています。 考えて見たら当たり前であります。教会の頭はイエス・キリストであります。言い変えれば、私たちは皆例外なくイエス・キリストの前に跪いて、御言葉を聞いている者であり、イエス・キリストを頭としての共同体の構成員であります。先に牧師が何かの教会の成長の為にビジョンを語り、それを皆が協力するのでなく、誰でも教会の為にビジョンを語り、それが一つの教会のビジョンとして共有できるのであれば、皆が協力して行く必要があろうと思っています。 また、今日の個所より少し前でありますが、8章の1節以下を見ますと「その時民は皆一人のようになって水の門の前の広場に集まり、主がイスラエルに与えられたモーセの律法の書をもって来るように、学者エズラに求めた」と記されています。エズラが民を集めて聞かせてあげようという構えでなく、民がエズラに求めたのであります。ここを見てもエズラが礼拝において主体でなく民、つまり一般信徒であることを知る事が出来ます。 もう一つ今日の個所の背景としての事柄を申しますが、当時の礼拝は祭司が御言葉をそのまま読んで、それを民は聞いていました。今のように神父や牧師が自分の経験や神学的な立場、また時代や教会の事情を顧慮しながら、聖書の個所を通してメッセージをするのでなく、ただ聖書を読んでいました。これには色々事情もあろうと思います。つまり、高価であった聖書と誰でも持つ訳には行きませんでした。また、皆が読めたわけでもなかった事情もあって、礼拝の中で聖書を直接読みあげていたのでありました。 しかし、これは本質的には今のメッセージと同じあります。また同じでければならないと思います。つまり、牧師の解釈が入り込むメッセージであろうとも聖書が語ろうとする旨からかけ離れてはならないのであります。 話を戻しますが、3節を見ますと「水の門の前にある広場で、曙かたから正午まで、男女および、悟ることの出来る人々の前でこれを読んだ。民は律法の書に耳を傾けた」と記されています。そして今日の個所が示しているように、これを聞いて多くの人々が泣いてしまったわけであります。長い間、神殿は破壊されたままであったので、礼拝を守る事が出来ないでいたが、紆余曲折の末、神殿の補修が終り、感謝礼拝を捧げながら御言葉を聞いていましたから、皆は大変な感激していただろうと思います。 信仰者にとって御言葉、つまり、聖書の重みがどれほどであるかを示す証しを一つ紹介します。中国の延邊に住んでいる朝鮮族から直接聞いた話であります。北朝鮮から食料を求めて多くの人々が国境を越えて中国に来ているのは、私たちは良くニュースで聞きますが、その中には北朝鮮にいる地下のクリスチャンもたまに混じっているようであります。ところが、彼らは食料より先に聖書をも求めるそうです。その証しをした方はそれで北朝鮮のクリスチャンの事情を訊ねたようでありますが、今でも北朝鮮で聖書を本毎に分けで、読みまわしているとの話をしてくださったそうです。ですから、聖書と言うモノは大変貴重なモノであるわけであります。苦境において御言葉を求める人の心境がわかるような話であります。今日の箇所においての人々もそのような心境でいましたから、御言葉を聞いて感激の余り大勢の人々が泣いてしまったわけであります。 話が逸れますが、今は誰でも手さえ伸ばせば、聖書に手が届きます。また、文字を読めない人は殆どいません。聖書を読むことによって迫害されることもありません。ある意味で聖書が溢れています。そのような時代であります。しかし、残念ながら困難な時代のような心で御言葉を求める人々は少なくなってきたのではないかと思います。豊かさの中での貧困であります。御言葉の有り難さが量的な豊富の故に忘れられている時代であると言っても良いかも知れません。 食べ物の事情も全く同じではないでしょうか。多くの食べ物が溢れています。それが故に、多くの人々が食べ物は命であるという感覚、ないし食べの物の有り難さが薄れているのではないかと思います。これもまた豊かさの中での貧困であります。食べ物は何時も何処にも当たり前のようにあるモノでなく、感謝すべきものであって、喜ぶべきものであります。そして、それに手が届かない人もいる事を覚えるべきではないかと思います。 話を今日の聖書の個所に戻しますが、久しぶりに御言葉を再建された神殿の広場で聞いてその感激の余り泣いたり、嘆いたりする人々に「泣かないで喜びなさい」とネヘミヤやエズラは言います。泣くのを禁止しています。涙が必ずしも悲しみの表現ではありませんが、今日の個所では人々が泣くのを禁じているのであります。やや不思議な感じでありますが、それで、私はここを余りに感情を外に現さないで、その喜びを内面化しなさいと言うメッセージとして受け取りたいのであります。言い変えれば、表面的でなく、内面深くにあるたましいが喜ぶようにしなさいというメッセージとして読みたいのであります。 言うまでもありまえんが、私たちの信仰による喜びはただ感情の問題ではありません。その場だけでの喜びに終わるモノでもなく、実践を伴なわない表面的なモノでもありません。最も深くにまで届いた御言葉よって、外に溢れてくる喜びであります。そして、その喜びがその人の全人格に関っていくのであります。 大きな声で「ハレルヤ、アメン、感謝します」と言うだけで信仰熱心であるとは言えないものであります。なぜなら、もし感情による言葉だけであれば、それはあっという間に消え去っていくからであります。御言葉を喜ぶ事によって生活においてもそれが具体的な力になっていく事を覚える事が出来る信仰が本当の信仰ではないでしょうか。 御言葉を心より喜ぶものは幸いであります。その人は神様によって人には知らない力が添えられるからであります。 最後に12節を見ながら話を纏めたいと思いますが、今日の個所で礼拝の中で御言葉を喜んだ民はそれぞれ去って食いのみをし、また分け与えて大いに喜んだ」と記されています。これを見ますと、人々の礼拝での喜びが生活の場に及び、また食べ物に困っている人々にまで及んだ事を知ることが出来ます。御言葉によって与えられた喜びによって食べ物と言う命を他人と分け合ったと言う意味でもあります。 今日は主の晩餐がある日でありますが、これは元々信仰共同体としてのイスラエルが食事を共にしていたところがからの出発であります。イエスも弟子達と共に食事をするのを大事にしていました。 ところが、当時共に食事をするという意味は今のように食べ物が豊富な時代とは自ずとその意味が違っていただろうと思います。つまり、当時は命を分け合うという意味まで含んでいたのであろうと思いますが、イエスは十字架に掛かる直前に命そのモノでもあり、象徴でもあるパンを取ってそれはご自分の体であると語りながら、ご自分が十字架上で亡くなった後も同じく行なうように命じられたのでありました。それを受けて教会今も主の晩餐を行ないつつ、その意味を覚え、感謝するのであります。 私たちは今は常に教会で共に食事を共にしているわけではありません。でも、共にイエスの言葉を心や魂の糧としながら信仰生活をしています。そして、また、肉の糧となるパンはそれぞれの家で取りますが、私たちはこの世には今も食べ物がなくて困っている人々がいる事を覚え、そのような方々に私たちが聞いている御言葉の喜びと共にパンをも届ける事が出来ればと願います。 |