| 2005年11月27日 |
| 「蒔かれる福音」(マタイ8・1〜4) テーマ:伝道のための条件はない。 時:05.11.27. 於:和白教会主日礼拝 説教者:黄仁坤 今日は第一アドベントの日であります。私たちの和白教会はクリスマス礼拝を25日と決めておいたので、私たちとしては来週を第一のアドベントとして記念しても良いとは思いますが、教会カレンダにしたがって今日を第一アドベントの日としたわけであります。なぜ、クリスマス礼拝の第四週前からクリスマスまで4回の日曜日をアドベントの日として記念するようになったのかを正確に調べるには時間がかかると思いますが、ローマ時代からそのような仕来りが出来たそうです。教会はその伝統を受け継いで来ているわけであります。いずれにしてもイエス・キリストが人間と同じ体を持って私たちのところに来て下さったことを感謝し、また、クリスマスを迎える心の準備をしながら、今の時を過ごすことが出来ればと思いますが、このクリスマスや年末年始の時期になりますと人々は如何しても時の速さを感じざるを得ないようであります。私も例外ではありません。しかし、それを口にしてはならないと思いつつもついに「一年って早いな」と言ってしまうのであります。この間は、ナオミがどこかで聞いたのか、「今日の一日は早かった」とドイツ語で言っていました。思わず、私とミヒャエラは顔をあわせて笑いましたが、私たちの子供の時の記憶として一日は大変ながかったと覚えています。一日の中に色んな出来事があったわけです。つまり、友達との喧嘩をしたり、親に怒られたり、何かの昆虫を捕まえて遊んだり、嫌な宿題をしていて、とても眠くなって一日がようやく終わったわけであります。このように一つ一つの出来事がみな大事であったから一日一日を長く感じていたかも知れないと思ってみました。多くのことに対して感覚が鈍くなった今は一日の中で、近くのスパに買い物に行って来たら、半日が過ぎて、天神でも行って用事をひとつでお済ませたら一日が過ぎてしまうような気がします。如何しようもない愚痴をこぼしましたが、兎に角、一日一日、与えられるすべてのことを大事にしながら過ごしたいと願っています。 さて、今日の聖書の箇所はステパノの殉教とともにして起こった教会への迫害を伝えています。教会への憎しみを抱いていた人々はステパノの説教を聞いて怒り、ステパノを殺しましたが、それだけでなく、その勢いで教会を攻撃したのであります。この事態を受けて教会の人々は逃げてユダヤとサマリヤに逃げました。 今日の箇所では極めて断片的なことだけを伝えていますが、実は多くの歴史的な事実や、メッセージを伝えているところではないかと思います。 教会に迫害が起こった時、不思議な事でありますが、使徒たちはエルサレムに残ることが出来ました。なぜか言えば、この時の教会への迫害は異邦人やギリシャ語を使うキリスト者が主なターゲットであったからであります。それで生粋のユダヤ人である使徒たちはエルサレムに残る事が出来たと思われます。この事から推測されますが、教会への迫害が選別的に行われていて、ある意味では教会への迫害と異文化への迫害が合体された形での迫害であったようであります。兎に角、この迫害のよって、ユダヤとサマリヤに散った人々は、執事として選ばれたばかりの人々と教会の職にはついていない一般の信徒でありました。このようにして散った人々によって伝道が行われ、教会が成長し、世界化して行ったのであります。 私は今日の箇所を読みながらまず思い出したのは私が時々受けている質問でありました。人々は私に韓国の教会はなぜ今のように短い間に、大きく成長することが出来たのかと尋ねます。私の答えは、昔、北朝鮮にあった熱心なキリスト者が朝鮮戦争の時、南に来て多くの教会を立てたことが今の結果のひとつであると答えています。これは私の推測で言っているのでなく、多くの学者がそのように分析しています。信仰深いキリスト者が北から多く南に来て教会を立てて、良い証を立てた結果が今の韓国の教会の成長につながったのであります。勿論、この外にもその理由として挙げられますが、これが主な理由であると言われています。 当時、平嬢にはとてもよい教会がたくさんあったと言われていますが、半島のエルサレムとまで言われるほどであったようであります。朝鮮戦争を前後して北の教会から悔い改めの運動が始まり、それに火がついた時であったそうです。しかし、そこに共産主義者たちが入ってきて信仰生活が困難になると多くの人々が南に逃げてきたわけでありますが、ソウルに来てまず教会を立てたわけであります。それで、北から逃げてきて来た人々が中心になって多くの教会が出来て、その教会が成長して韓国の教会をリードしたのであります。ここでひとつ想像してみて頂きたいですが、北から逃げてきた人々に財産があったでしょうか、社会的な地位があったでしょうか、まったくそうではありません。文字通りゼロから新しく始めなければならない人々でありました。つまり、彼らには教会を立てたり、伝導を展開するための資金力があったわけではありません。もっぱら、神を愛し、教会を愛し、伝道をしなければならないという使命に燃えていただろうと想像されます。このように使命に燃えている信仰者がいる教会が良い教会であると思いますが、そのような教会がまた成長するのであります。 今日の聖書の箇所でも状況は同じであります。エルサレムにいる事が出来ずにサマリヤなどに避難をするしかない人々がそれぞれの地に着いて福音を述べ伝えたのであります。きっと経済的に豊かな人々ではなかったと思います。いわば一文無しの避難民であります。 しかし、彼らによって福音が始めてエルサレムと言う地域を乗り越えたのであります。イスラエルを乗り越えて世界に広げられる基盤となったのであります。彼らは他のユダヤ人が嫌うサマリヤと言う地に足も踏み入れて、そこで福音を基にして新たなる共同体を形成して行ったのであります。 話が少し変わりますが、人々は条件を立てながら物事を考えるのを好みます。それで、時々「もう少し、若ければ」、「もう少し、お金があれば」「もう少し時間があれば」などと言います。極端な場合、男性が自分は女性であればと希望します。この逆のパターンもあります。このような願いが実現可能な事であれば、私たちは「希望」と言います。しかし、例えば、「もう少し若ければ」「もう少し才能があれば」、「自分が男であれば、女であれば」などと言うのは一種の絶望であり、現実からの逃避であります。つまり、「もう少し若ければ」と言う願いは前に進んで行く時間の上で生きている私たちには到底叶えられるはずがありません。「自分が女であれば」と言う願いは自分が男であるという現実を認めないことであります。何かの願いが希望や計画として語られるのであれば幸いでありますが、時にはこのように「何々であれば、何々があれば」と言いながら後退したり、結局、絶望しまうのであります。 また、それがその人の性格や生活習慣になってしまうのであります。ミヒャえらの親戚の中にミヒャエラの母より10の年上の方がいますが、彼女はいつもミヒャエラの母に「あなたは若いが、自分は年をとっている」と言い続けて30年も過ぎている人がいます。何十年前から「10歳若ければ」と言い続けて分けであります。 「何々であれば、何々があれば」と言うのを条件と言いますが、このメッセージを準備しながら、英語の聖書の一冊をパソコンで、この条件を言う時主に用いる単語「if」の数を数えてみましたが、1784回使われていましたが、これを見ながら人々はそれほどこの「もし」と言う言葉とともに生きているんだなと思いました。 皆さんの中でも、聖書の中で「もし」と言う言葉から始まる御言葉と言えば、それぞれ思い出すところがあろうと思いますが、私が思い出すところの中で一箇所だけを紹介しますと、マタイ4章3節でありますが、40日の断食を終えたイエスに、試みる者があらわれて「もし、あなたが神の子であるなら、この石がパンになるように命じてごらんなさい」と言います。 試みる者は、「神さま自らが自分を神だ」と言っているのに、あなたが「もし、神であれば」と言っているのであります。神の子イエス自身が自らを「神の子」だと言っているのに、もし、あなたが「神の子」であればと言うのであります。試みる者は「もし」と言いながら神さまを「神以下の何か」を持って計ろうとするのであります。つまり、自分の欲に思いにしたがって願いを立てながら、自分にこうしてくれれば「あなたは私の神である」と言っているのであります。そこには神様が働く余地はありません。 「もし」と言う問いをもって神を試みる者は自らが迷うしかないのであります。これは、例えば、自分の現実が男でありながら、その現実を認めることが出来ないで「もし自分が女であれば」と迷いと裏表の関係のようなモノであろうと思います。神様によってその人は男として、女として造られたのに、その神の業を認めることが出来ないからであります。その結果迷うのであります。 神と共に生きるとは自分の現実を受け入れることであります。今を生きる事であります。過去とはもうすでに今において存在しないモノでありますし、未来とは今において「希望」としての仮想であります。 伝道の書の3章以下の言葉を私たちは記憶していますが、そこを見ますと「天が下のすべてのことには季節があり、すべての業には時がある。生きるのに時があり、死ぬるに時があり植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり」と長々と続きます。ここも今にすべきことがあると言う意味であって、その今を外すと調子はずれになると言う意味であります。 話が少し逸れておりましたが、迫害によってユダヤとサマリヤの地に散った人々はまさに今を生きていたのではないかと思います。つまり、もう少し生活の状況が安定すれば、もう少し時代がよくなれば、御言葉を伝えようと言うのでなく、苦しみや逆境の只中にいるのに彼らは福音を伝えていたのであります。 考えてみたら、確かに私たちも特別伝道週間などを設けて、伝道に励んだりしますが、これは決して、この時意外は伝道とは関係ない日々だと言うではないと思います。なぜならキリスト者は積極的に他者と共に生きる事が神様によって命じられているからであります。言い換えれば、キリスト者と教会は常に他者に神の名の下で共に生きようと呼び掛けるのをキリスト者の本質としているのであります。これを失うと教会でなくなってしまうと言う意味で本質だと申し上げたわけであります。 このこの条件が叶えられると幸せになるといい続ける人は決して幸せになりません。今を喜ぶように神様は私たちに命じています。また、このこの条件が整えられると伝道すると言うのは「今」への否定であります。言い換えれば、今のない「仮想」を生きる事であります。常に今が賛美する時であり、今が伝道の時であります。その事を今日の聖書の箇所が私たちに語っているのではないでしょうか。 |