2007年9月30日

「神によって与えられた希望」(使徒26・1〜11)
テーマ:恥ずべき過去であろうとも主の前で語ると証しになる。
時:07.9.30. 於:和白教会主日礼拝 説教者:黄仁坤
 
 待ちに待った秋がやっと訪れたような気がします。今年の夏は本当に長かったですが、ようやくこの何日の間から朝晩は涼しい風が吹いていますし、秋を知らせる虫の鳴き声も聞こえるようになりました。また、これからは収穫の季節でありますが、一年を振りかえて見ながら、年末年始を迎える準備をする時期でもあろうかと思います。
 以前にも言及した事のある事件でありますが、広島の母子殺害事件の裁判が先々週の20日にありました。その裁判は犯人にとって公の場において自らが出来る最終弁論の時でありましたが、新聞の記事を見ていますとその場において彼は不可解と言うか、宙に浮いたような言葉を語っていました。
まず、「自分も幸せになりたい」と言っていましたが、彼にとって幸せとは何だろうか思って見ました。彼を知る資料が新聞記事以外にはありませんので、短編的な言葉から推測をするしかありませんが、彼は円満な家庭と経済的な豊かさを手にしたいという意味で幸せになりたいと言ったのか、それとも心の平安を求めてそういったのか分かりません。何れにしても空しい響きのある言葉であります。なぜなら、彼の心の中には依然として怒りが燃えているように思われますし、自ら発する言葉の意味や過去において犯した事が何を意味しているのか、未だに理解していないように思われたからであります。
残酷な言い方でありますが、例え、彼は今釈放され自由の身になっても、経済的な豊かさが与えられたとしても幸せになりそうな感じがしません。
また、彼はその場で検察に対しても「人をなめるな」と言ったそうです。「人になめられる」という言葉は彼にとって決定的に大きな意味があるのではないかと思います。必要以上にその言葉に執着をしていると思いました。
誰だって人になめられているような、馬鹿にされているような、気分になる時は気分が悪くなるものであります。しかし、考えてみたら、私たちは生活をする上でそのような気分になる時はそれほど珍しい事でもありません。つまり、そのような事は決定的な怒りをもって対処すべき事でもありません。しかし、彼には自分が人になめられたような気分になると、如何しても我慢にならないようであります。死刑になるかならないかと言う重大な裁判において、検察の質問などが、自分を「なめる」言葉として聞こえたのでそのような怒りを表しただろうと思います。     
もう一つ彼はその犯罪の被害者である本村さんが必要であると言ったようですが、全く不可解な言葉であります。何の意味か分からない言葉であります。彼に赦しを乞いたいのであれば分かりますが、必要であると言っているのであります。
 過去を如何語るか、すなわち、自分の過去を如何見るかは今を如何生きているか、これからを如何生きようとするのかと言う姿勢と直接結びついて事であろうと思います。過去は過ぎ去ったことであるから、今とは関係がないとは言えないものであります。
 臭い過去であるから、ただ蓋をしておこうとするところでは、新たなる未来は開かれないものであります。過ちがあれば、それを直視するのが辛くとも、直視し、それを語り、改めなければならないものであります。その時、新たなる道が開かれますし、それによって周りの人々からも信頼を受けるようになるものであります。
 歴史を学ぶ目的にはそのようなモノも含まれていると思います。歴史を学ぶとはただ過去を懐かしむものではないと思います。ただ懐かしむだけであれば、また、自分の自尊心を確認するためだけであれば、歴史を学ぶ意義の半分は失われていると言うべきではないかと思います。
個人のレベルにおいても同じであります。過去を振り返るとは、過去の思い出をただ楽しむためではなく、過去のあるがままを直視しながら、今を改めるためであって、明日をよりよく生きるためであろうと思います。
 キリスト者は教会で過去の過ちを語ることに対して違和感を覚えません。寧ろ、そのような事を「証し」として賞賛しています。カトリック教会であれば、今でも、洗礼を受ける前に、神父の前で罪を告白する事が求められます。これは会衆の前で自発的にするプロテスタント教会とは形の上では違いますが、本質的には同じであろうと思います。
 人は誰でも振り替えて見れば痛みを覚えたり、恥ずかしくなる過去をもっています。やってはならないことであることを知っていながら、やったこともありますし、正しいと思いつつやったことであるが、今になってみれば、恥じるべきこともあります。
 さて、今日の聖書はパウロがアグリッパ王の前で自分の出身や今までの大まかな活動の中心を語っている所であります。パウロがアグリッパ王に「おまえ自身のことを話してよい」と言われては、堰を切ったかのように両手を振りながら語っているように画かれているところであります。
 二節を見ますとパウロはこのように自分の今までの身の上の話をする事が許されたことを「幸せに思う」と言いながら話を始めていますが、先ず、パウロがここで「幸せ」と言った言葉の意味を考えてみたいと思います。パウロは決して、自分の今まで活動を打ち消すつもりがない事は確かであります。つまり、パウロはイスラエルの人々にイエスの復活を信じている事を語り、それによって訴えられていますが、彼はそれを否定するつもりは全くありません。
それところか、今日の箇所でも復活は神がイスラエルを初めとして、すべての人に与えた希望であって、それはすでに聖書に約束されていたと言う趣旨を繰り返しています。これを見ますと彼は自分の今までの活動を打ち消す機会が与えられたので「幸せ」と言っているのでないことが分かります。
 また、パウロはこの弁明の機会が与えられた事で釈放されるという事を期待して、「幸せ」ないし「幸い」と言ったかと言えば、そうでもなさそうです。彼は寧ろ今の罪名ままでローマにまで移送され、そこでまたイエスの復活を語るつもりでいるのであります。
 こう考えますとパウロは恐らく今日の箇所で復活のイエス・キリストを語る機会が与えられたこと自体を幸せと言っているのではないかと思います。この事はパウロが一生の間、福音を語ることをこの上ない幸せと思って全く振るわれなかった事とも一致するところであります。
 話が少し逸れますが、人は自慢することを喜びます。人の前で誇りたいことがあれば何かの機会を得て、それを語ろうとします。時には人が尋ねもしないのに、自ら進んで喋ることもあります。これが人間のあるがままであろうと思います。
 しかし、パウロは今日の箇所で自分の自慢話をする機会だと思い幸せと言ったとも思われません。自分の信仰の強さや熱心を言うより、自分の恥ずかしいというか、悔やんでいる事を語っています。つまり、9節以下を見ますとキリスト者を迫害していたことを語り、また、キリスト者である故に、殺すことに対して賛成の意を表した事をも認めています。また、キリスト者を捕まえては、改宗させ、また、神を汚す言葉を言わせるために、狂ったようになっていたと語っています。
 もう一つ言及しなければならないことでありますが、今日の箇所でもパウロは自分はパリサイ派であったと紹介をしています。この事はパウロは機会があるたびに言っている事でもありますが、今日の箇所でも指摘されているようにパリサイ派はとても厳格に律法を守る宗派として名が知られていました。パリサイと言う言葉は「分離する」という意味があるそうですが、自分たちは律法を適当に守っている他の人々や宗派とは違うという意味で自らをそのように呼んでいたかも知れません。
 パウロは自分がパリサイ派であった事を以前はとても誇りに思っていたようであります。律法を守る事が信仰を守ることであって、神さまが喜ぶことであって、また自らすべての律法を守る事が出来ると思っていたようであります。そのような誇りの裏側として、それを守ろうとしない人々や、守りきれない人々を見下げていたのでありました。このような姿が人間自らが獲得した誇りやモラルの限界であろうかと思います。
 そのような彼がある日、突然、復活のイエスに出会って、そのような誇りや高ぶりは空しいことであることを知るようになるのであります。
 今日の箇所でパウロは自分がパリサイ派の出身であると言ったのは決して自分の出身を自慢するためではありません。パウロの他のところで言っていますが、以前のそのような出身の誇りや、行いのによる誇りは糞土のように脱ぎ捨てたと言っています。
 話が変わりますが、私はメッセージも証しも結局、同じであると思っていますが、メッセージや証しは決して自分の行為を自慢するものではないと思っています。自分を褒め称えるところでは神様の恵みは決して表れないからであります。メッセージや証しは主を褒め称える行為であり、主を賛美することであります。
 パウロはイエスとの出会いの後、今まで読んできた聖書を改めて読み始めただろうと思いますが、その中でイエスの復活はもうすでに旧約に預言されていた事を知るようになったのであります。イエスを主と告白し、彼に聴き従う事が希望であることを知ったわけであります。それを伝えることを自分の一生の務めとして受け止め、それをあらゆる機会に、そこが例え牢屋であろうともそれを機会として、福音を語っていたのでありました。今日の箇所においても、パウロは今の囚人としての立場をもイエス・キリストを語る機会として捉え、幸せと言ったのであろうと思います
 因みに申しますが、私たちの教会では牧師や宣教師、また、神学生以外の方はまだメッセージをした事はありません。ミヒャエラの母は神学校を出て、以前牧師の経験があると言う事でこの教会でメッセージをしたこがあります。
しかし、私は一般信徒もメッセージをして良いと思っています。実際に他の多数のバプテスト教会ではそれを実施していますが、メッセージとは牧師であるから出来る、そうでないから出来ないというのでなく、メッセージの姿勢が出来ている人がメッセージをすべきであろうと思っています。いくら牧師であろうとも自分の過去や知識を自慢したり、自分の道徳的な優越性を語ったりするのであれば、それはメッセージではありません。キリストを褒め称えているのでなく、自分を褒め称えている行為であるからであります。そのような話が教会の講壇で語られてはならないと思っています。そのような話は教会の礼拝の以外でのところで語られるべきであります。礼拝でのメッセージはあくまで神様に罪が赦された者として、主を賛美する事が中心にならなければならないのであります。
 先ほど証しとは自分の過去の過ちを会衆の前で語ることであると申しましたが、これを言い換えれば、罪人である自分が神様の招きによって、新たになったことを語ることであります。
 話を今日の箇所に戻しますが、パウロは自分がパリサイ派の出身である言ったのは、決して自分を自慢するためでなく、パリサイ派として全く厳しく律法を守っていたけれども、それでは決して神からの平安を得る事が出来なかったことを示すために語ったのであろうと思います。
 教会は決して修行をするところではありません。教会は律法と言う項目を一つ一つ取り上げながら守ったか守らなかったかを競い合うところではありません。律法によって赦されたのでなく、私たちはもうすでに神の恵みによって赦されたものであって、これからも赦されるという約束の下にいるモノであります。この事を感謝し、また赦されたものであるが故に、人を赦し受け入れるのがキリスト者の姿であります。それを語る事が福音を述べ伝えることであって、宣教であって、メッセージであります。主の言葉が宣言されるところには解放があると言う所以でもあります。
今日の箇所でのパウロは教会の中ではありませんが、人々を前にして、囚人の姿で福音を述べ伝えています。主を賛美しているのであります。自分を苦しめ、手に鎖をかけた人々を福音への招き入れているのであります。自分の隣人として招き入れているのであります。これからも皆さんと共に、パウロのように常に福音を語るモノとして歩み続けたいと願っています。