この日記は全てノンフィクションであり、登場する人物・団体名などは全て実在のものです。
5月
5月31日(火)曇り時々晴れ
フェイスブックを使ってていつも思うのだが、あの「知り合いかも?」のところに表示される人っていうのはどういう根拠で選んでいるのだろうか?今日はそこにライオンの写真が表示された。名前はアラビア文字で書いてあった。おそらくアラブの人なんだろう。知らんがな。なんでワシの知り合いなん?
一番笑ったのが先々週あたりに表示されたヒラリー・クリントン。友達なったろか?と思った。「いいね!」を押してみた。ワシで18,869人目だった。笑った。
ちなみにクリント・イーストウッドを見てみたらファンの数が907,284人げな!今日誕生日らしい。おもろいねー。世界中からおめでとうのメッセージが届いてるけど全部のメッセージとても見れんやろ。

人の商売ならフェイスブックをうまく利用する方法を思いつくんだが、自分の商売じゃなかなかいいアイディアが浮かばない。もどかしいったらない。自分の頭の悪さがうらめしい。
 
「テクノロジー」
 
砂埃 バス停に われ 一人なり
テクノロジーの 次の便待つ
 
5月30日(月)曇りのち晴れ
世界文学史上において最高傑作の座をドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」と争う(と、ワシが思っている)トルストイの「戦争と平和」を読了した。貴族や平民の日常生活とナポレオンのロシア遠征を織り交ぜながら壮大なストーリーを展開し、その中で真の人間性や歴史の本質に迫るという深い作品だった。登場人物は実に559人!様々な物語が絡み合って全体を構築しているのに一切破綻も矛盾もなく、完璧としか言いようがない。世界最高と評価する人が多いのも当然納得できる。今は「ワシはとてつもなくいいものを読んだ」という満足感がある。レフ・トルストイ。文学好きにとって神に近い存在だ。
 
さて、そういうわけで「世界十大小説」も残るはディケンズの「デイヴィッド・コパフィールド」だけになった。こちらも楽しみ。

「梅雨」
 
五月(さつき)去り 時季(とき)のかわりめ つゆ知らず
袖の長さに まよふ朝かな
 
5月29日(日)雨
台風が来てることに全く気付かなかった。今日は仕事で午後から外出したが、夕方から雨風強くなってきたが夜半には落ち着いた。一戸建の頃はやれ台風だ、豪雨だ、となると家のことを心配して落ち着かなかったが、マンション暮らしの今では外の風の音すら聞こえてこないので全くその存在に注意を向けていない。なんだろうこの安心感!精神的にかなり楽になった。
これはつまり、大きくて頑丈な建物の一部に住んでいるということ以外に、何も所有していない気楽さにも起因しているのかもしれない。所有していると守らなければならない。守る体勢に入るには注意力を喚起する緊張感が必要だ。かばんに1億円入れてるのと何も入れてないのでは歩き方も変わってくるというものだ。要するにそういうことだろうな。
何も持たずに心は豊かというのが人としては理想だろうな。スナフキンに学べだ。

「台風」
 
台風の 夜に停電 今昔
 
5月27日(金)曇り時々雨
アート建築工房」さんの系列会社、不動産会社「コンフォルタ」さんがフェイスブックの企業ページを作られた。いつも新しいものにどんどんチャレンジする姿勢は本当に素晴しいと思う。
フェイスブック!フェイスブック!これにだけは乗り遅れてはいけない。フェイスブックは流行ではなく新基準だ。

「戦争と平和」が佳境に入ってきたが、どうしても解けない謎がある。あの戦争の天才と言われたナポレオンがどうしてあんな愚かな行動をとったのだろうか?補給線を延ばしきって遠路はるばる敵地の奥まで進出する危険性は知っていただろうに?行軍すら不自由になるロシアの冬の厳しさは撤退行動を妨げることは予想できただろうに?
天才が突如不可解な行動をとり、それが身の破滅につながるということは歴史上少なくない。ワシは豊臣秀吉の朝鮮出兵も理解できない。巨大な成功を手に入れると思考回路が破綻するのだろうか?

「傘」
 
傘の骨 折れても使う 四十路かな
 
5月25日(水)曇りのち晴れ
三開発」さんでの会話。奥さんの携帯の呼び出し音が「少女時代」の「TAXI」だったのでワシは思わず反応してしまった。
 
ワシ:「奥さん、少女時代好きなんですか?」
奥さん:「今子どもたちの学校ではやっとるけんですねぇ」
ワシ:「そうなんですか」
としこさん:「しんぐさん、少女時代好きなんですか?」
ワシ:「めっちゃかわいいじゃないですか」
としこさん:「スタイルいいですよねー」
奥さん:「足が長い長い!でも名前覚えれん(笑)」
としこさん:「私も全然わからん」
ワシ:「私、わかりますけど」
奥さん:
としこさん:
「えー!!!」

齢42にしてなぜかわかってしまうんだなぁ。変かな。
 
「少女時代」
 
少女時代 持たぬ娘を 見る視線
 
5月24日(火)曇りのち晴れ
「当世源氏物語」(谷崎潤一郎訳 源氏物語風)
 
位階

住まいのイシダ」様にお伺いした時のことでございます。女官のF井が何やら不満げな様子をしておりましたので尋ねてみますと
「いくつも小ネタを提供しておりますのに、なにゆえ最近は源氏物語を書かれないのでございますか?」
と申しておりました。
「すっかり忘れておりました。そろそろ書くとしませう」
「それといつになったらもーりー殿が登場するのでございますか?もう入社されて一年になりまする」
「そうでございました。では登場して頂きませう」
「ではもーりー殿の位階はどのやうに」
「そうですね。もーりー右大臣などはいかがでせう?」
「う、右大臣はもったいのおございます。もっと下で構いませぬ」
「もーりー入道ではいかが」
「出家していただきまするか」
F井はたいそう笑っておりました。
「では、もーりー左近将監あたりにしておきませう」
「それがよおございます。ところでわたくしの昇進はまだでせうか」
わたくしはF井にまずいことを思い出させてしまったと思いました。
「しかたがありませぬ。では御息所ではいかがでせうか?」
「それはどのようなお仕事でございまするか?」
「社長の帝の身のまわりのお世話をすることでございます」
「女官のままで構いませぬ」
 
位階こそ もらえぬままの 身にあれど
帝をしのぐ F井の権威
 
位階よりも度胸のほうが必要な世の中でございます。
 

ついに!「センチュリー21 小笠原」さんでもブログを始めることになった。その名も「SKB48日記」。白木原を拠点に活動する男女混合の酔っ払い集団、SKB48のすべらない話に期待せずにはいられない!

SKB48日記


「SKB48」
 
死ぬまでに たくさん笑った 人の勝ち
 
5月23日(月)雨
山口昊さん(「ウイルホーム」の太田社長の義父様)が亡くなられた。夕方に電話で聞いて、仕事が終わってからお通夜に行った。だいぶ遅れて行ったので遺族の方は控え室に移動されていた。ワシは一人で棺の中の山口さんの御尊顔を拝した。まるで今にも「新作は出来ましたか?」と催促の御言葉を頂戴するのではないかと思ったほどにきれいだった。
その御年の半分にも満たない若輩のワシを、その磨きのかかった文章の前には稚拙極まりないものしか書けないワシを、「先生」と呼んで下さって、何度となく作品を誉めて頂いたことが、自信をなくしたワシにどれほど大きな励みになったことか。戦争体験をはじめとした様々な苦難を乗り越えられ、文学における賞をいくつも受賞されるなど数々の功績も残された方が、何をワシから学ぶものがあろうか。恐縮極まりない。
後で社長と奥さんとほんのつかの間だが一緒に山口さんの思い出を語り合った。奥さんのお話では最後までワシの新作を待っておられ、ワシの作品が世に出ることを楽しみにされていたそうだ。あぁついに間に合わなかった。涙は堰を切って流れていく・・・。
もっと早く出会って、多く教えを請いたかった。かえずがえすも残念だ。
山口さんの期待をその思い出とともに心に刻んで、いつの日か必ず賞をとって、山口さんの墓前に御報告に行こうと心に誓った。それをせめてもの恩返しにしたいと思う。

山口昊さん享年94歳。大往生。波乱の人生、見事な生き様。
心よりご冥福をお祈りします。
 
「文人」
 
文人の 旅立つきわの 夜半の雨
とめどもなきや 悲涙のしずく
 
5月21日(土)曇り
「粕屋のお客さん」での会話。

M田さん:「今日こんなに入力がある・・・」
ワシ:「頑張って下さい。頑張ればまたサティの福引が当たりますよ」
M田さん:「私、ほんとによく当たるんですよ」
ワシ:「多分そこで運を使い果たしてますね」
M田さん:「ふん。1円を笑う者は1円に泣くと!こないだもまた当たった。見てほら、これよ」
ワシ:「ふーん」
M田さん:「アゲナーイ!」
ワシ:「イラナーイ!」

今日の最後は「江田建設」さん。その後急いで久留米に移動して「久留米市民オーケストラ定期演奏会」を聞きに行った。姫が先に行っていい席をとっておいてくれたので助かった。結構前のほうで演奏者もよく見えた。今回のメインはシベリウスだったがこれが非常に素晴しかった!もともとシベリウスが好きな姫もえらく感動していた。「古雅書店」のヒゲコガさんがバイオリン演奏する姿もよく見えた。
ヒゲコガさんのご好意で毎年この「久留米市民オーケストラ定期演奏会」を聞きにくるが、そのたびに楽器を演奏できる人を羨ましく思う。そして自分の選んだ楽器でオーケストラに参加し、仲間と一緒に同じ曲を演奏できる喜びを持てることを羨ましく思う。
プロ・アマ関係なく芸術に深く親しむ生活というのはいいもんだ。
 
「シベリウス」
 
君と聴く シベリウスただ 心地よき
 
5月20日(金)晴れ
センチュリー21 小笠原」さんにお邪魔したらいろんな雑貨が運びこまれていたので何の騒ぎ?と思ったら明日チャリティーバザーをやるらしい。中にはうまそうなチリのワインもあった。売上は日本赤十字社に寄付されるらしい。
こういう会社の利益以外の面において社会貢献する会社こそ、逆に生き残る会社じゃないかと思う。己の利益しか追わない会社は現実的にみて意外に利益を追えてないものだ。
ところでワシも何か持っていこうかなと考えてみたが・・・家に売れるようなものが何もないことに気付いた!その価値があるのはワシの蔵書だけだがこればっかりは手離したくないし。あ、そうか引越しの時にハードオフに売ってしまったからか。思えば身軽な人生だ・・・。

「ガンバレ日本!チャリティーバザー」
日時:5月21日(土)11:00〜15:00
場所:センチュリー21小笠原 本社(大野城市白木原2-1-10)
http://www.c21-ogswr.com/
 

専務が「SKBの制服売れるかなぁ・・・」と忘年会の時に着たSKB48(白木原48)の衣装を眺めてつぶやいていた。S田さんが買うかも。

「チャリティー」
 
チャリティーの ワイン眺めて おもふこと
あわせる料理 あわせるチーズ
 
蔵 
5月18日(水)晴れ
今日もいい天気。
スピード違反で警察のお世話になって以来、免許とりたてのおばちゃんのようにゆっくり走るようになった。速い車にばんばん抜かれるが気にしない。極めて安全運転。おかげでピブちゃんの燃費がえらく向上した。よっぽど今まで乱暴に運転していたんだろうな。
ピブちゃんはスポーツカーのような音も振動もないし、乗り降りも楽。あきらかに一日が終わった時の疲れ方が違う。目立たないところで結構メリットのある車かもしれない。
 
「戦争と平和」を夢中で読んでいる。先日、どこかの国で古今東西の小説の人気投票があったが、未だにこの「戦争と平和」が1位に君臨しているということに驚いた。どんだけすごい小説かがこれだけでわかる。なんせ発表が1860年代だからな。いつまでトップにいるん?て感じだ。本当の名作には流行り廃りはないってことだな。
 
「麦」
 
やわからに 麦黄金色 ふわふわり
 
5月16日(月)晴れ
ちょいとご無沙汰の「中国鍼灸院」さんへ。

「立夏」
 
呉炳宇

卯開知立夏、(卯開きて立夏を知り、)
芍薬杜娟紅。(芍薬杜娟、紅となる。)
紫竹新葉緑、(紫竹の新葉は緑となり、)
花盛香意濃。(花盛んにして香も意も濃し。)
 
(以下、えしぇ蔵的博多弁訳)
 
卯が開いたら立夏てわかるばい
芍薬やつつじも赤ぉなるし
紫竹の新しか葉は緑になってからくさ
花もいろいろ咲いて香りも気持ちも濃くなると
 
最近、猛烈な忙しさなのでちょっと過労気味かもしれない。こういう時にちょっと先生に鍼をしてもらうと全然違う。すっと楽になる感じがする。忙しい時ほど行くべきだな。
 
「立夏」
 
紫竹の葉 鮮やかにして 立夏知る
 
5月15日(日)晴れ
今日は午前中のみ仕事。「行徳クリニック」の行徳先生宅へインターネットの設定にお邪魔した。ちょうどプルデンシャルのOさんも来られていて、久しぶりの対面だった。
先生のご自宅は居心地がいい。仕事が終わってからお茶を頂いたが、ソファからなかなか腰が上がらなかった。
 
午後は家で少し仕事をした後、ゆっくりトルストイの「戦争と平和」を読もうとソファに横になったらまるでタイムマシンに乗ったようにあっという間に5時半になっていた。いつのまに寝てしまったのか!?本を見るとほとんど読んでいなかった。疲れが蓄積しているのかな。
 
夜はチリのシャルドネを飲んだが、いぶりがっこや雲丹をつまみにした。これが妙に合うからビックリ。ペンネのトマトソースやら何やら豊富なつまみでついつい飲みすぎてしまった。
 
「初夏の宵」
 
初夏の宵 いぶりがっこと シャルドネと
 
5月14日(土)晴れ
「粕屋のお客さん」でのM田さんとの会話。
 
M田さん:「宗像のほうによくあたる占い師がおるそうですよ」
ワシ:「へぇ〜」
M田さん:「ああいうの信じます?」
ワシ:「う〜ん、輝ける未来が待ってるていうならいいですけど、あんまりいいことないて言われたらそれだけでテンションが下がりますからね。宝くじ買ったその場で『それ、当たってないよ』て言われるようなもんじゃないですか」
M田さん:「夢を見るのがいいんですよね」
ワシ:「そうそう。わからないから頑張れる、みたいなね」
M田さん:「宝くじとか買います?」
ワシ:「いいえ」
M田さん:「私、売り場のおばちゃんに『あんたもそろそろ当たると思うちゃけどねぇ』て言われます」
ワシ:「あはははは!そう言われるぐらいずっと買ってるわけですか?」
M田さん:「はい。でも最高で3万円くらいしか当たってないです」
ワシ:「3万円じゃね」
M田さん:「でもサティの福引はよくあたるんですよ。こないだ3等が2回続けて当たりました」
ワシ:「サティの福引の3等とかどーでもいいです(笑)」
M田さん:「1,000円ですよ!(笑)後ろに並んでたおばちゃんに『うらやましーわー』て言われました」
ワシ:「全然うらやましくない(笑)」

星香園」さんによれば今年の新茶は非常にできがいいらしい。味見させてもらったが確かにうまい!牛島さんも自分でいれたお茶を飲みながら何度も「こらうまいわ」「ほんとうまいわ」と繰り返していた。民よ遍く新茶を飲むべし!

今日のスケジュールは午前中「粕屋のお客さん」、午後から「スマイルホーム」さん、「星香園」さんと筑後まわりをしてから、最後はぐるっと反対側に移動して「雷山千如寺」さん。帰宅は8時過ぎ。ハードスケジュールだが充実しているとあまり疲れも感じない。
 
「初夏」
 
新緑と 新茶と夢追う 喜びと
 
5月12日(木)晴れ
東部ハウジング」さんにお邪魔した時にA貞さんが東郷神社にある小さな博物館のことを教えてくれた。そこには三笠の模型や「連合艦隊解散の辞」の写しなどが展示してあるという。そんないいものがあったなんて!今度是非行ってみようと思った。ちなみに「連合艦隊解散の辞」はこれだけで類稀な名文なので「名文集」でも紹介したがここにも転記しておこう。最後に東郷平八郎の名があるが、起草したのは日本海海戦を大勝利に導いたT字戦法の発案者、秋山真之らしい。(何かといえば東郷平八郎は英雄として崇められるが、実際は秋山真之がいたからこそ英雄になれたわけで、ワシははるかに秋山真之のほうを尊敬している。)
 
 
「連合艦隊解散告別の辞」
 
二十閲月の征戦已に往時と過ぎ、我が連合艦隊は今や其の隊務を結了して茲に解散する事となれり。 然れども我等海軍軍人の責務は決して之が為めに軽減せるものにあらず。此の戦役の収果を永遠に全くし、 尚益々国運の隆昌を扶持せんには、時の平戦を問はず、先づ外衝に立つべき海軍が常に其の武力を海洋に保全し、一朝緩急に応ずるの覚悟あるを要す。 而して武力なるものは艦船兵器等のみにあらずして、之を活用する無形の実力にあり。 百発百中の一砲能く百発一中の敵砲百門に対抗し得るを覚らば、我等軍人は主として武力を形而上に求めざるべからず。 近く我が海軍の勝利を得たる所以も、至尊の霊徳に頼る所多しと雖も、抑亦平素の練磨其の因を成し、 果を戦役に結びたるものして、若し既往を以て将来を推すときは、征戦息むと雖も安じて休憩す可らざるものあるを覚ゆ。 惟ふに武人の一生は連綿不断の戦争にして、時の平戦に由り其の責務に軽重あるの理無し。事有れば武力を発揮し、 事無ければ之を修養し、終始一貫其の本分を尽さんのみ。 過去の一年有半、彼の風濤と戦ひ、寒暑に抗し、屡頑敵と対して生死の間に出入せしこと固より容易の業ならざりしも、観ずれば是れ亦長期の一大演習にして、 之に参加し幾多啓発するを得たる武人の幸福比するに物無し、豈之を征戦の労苦とするに足らんや。 苟も武人にして治平に偸安せんか、兵備の外観巍然たるも宛も沙上の楼閣の如く暴風一過忽ち崩倒するに至らん、洵に戒むべきなり。
 
昔者神功皇后三韓を征服し給ひし以来、韓国は四百余年間我が統理の下にありしも、一たび海軍の廃頽するや忽ち之を失ひ、 又近世に入り徳川幕府治平に狃れて兵備を懈れば、挙国米艦数隻の応対に苦み、露艦亦千島樺太を覦覬するも之と抗争すること能はざるに至れり。 翻て之を西史に見るに、十九世紀の初めに当り、ナイル及トラファルガー等に勝ちたる英国海軍は、祖国を泰山の安きに置きたるのみならず、 爾来後進相襲で能く其の武力を保有し、世運の進歩に後れざりしかば、今に至る迄永く其の国利を擁護し、国権を伸張するを得たり。 蓋し此の如き古今東西の殷鑑は為政の然らしむるものありしと雖も、主として武人が治に居て乱を忘れざると否とに基ける自然の結果たらざるは無し。 我等戦後の軍人は深く此等の實例に鑒み、既有の練磨に加ふるに戦役の実験を以てし、更に将来の進歩を図りて時勢の発展に後れざるを期せざる可らず。 若し夫れ常に、聖諭を奉體して孜々奮励し、実力の満を持して放つべき時節を待たば、庶幾くば以て永遠に護国の大任を全うすることを得ん。 神明は唯平素の鍛練に力め、戦はずして既に勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に、一勝に満足して治平に安ずる者より直に之を褫ふ。 古人曰く勝て兜の緒を締めよと。明治38年12月21日 

連合艦隊司令長官 東郷平八郎
 
 
「戒む」
 
勝ちてのち 己戒む 者なれば
未曾有の手柄 得るも理(ことわり)
 
5月10日(火)雨
5月10日は毎年恒例、「雷山千如寺」さんの「御経会(おきょうえ)」の日。あいにくの雨にも関らずお堂に入りきれないほどの人!伝統の重みというか、信仰心の厚さというか、和尚さんの人徳というか、まったくすごいやね。

雨の雷山もまたよし。


雨なので護摩はお堂の中で焚いた。燃え上がる炎に照らされる和尚さんの勇姿。


すっかりお馴染みの光景。厳粛な空気の中に力強い読経の声が響く。


それにしてもこんな伝統ある行事の取材をさせてもらえるなんてありがたい話だ。普段なら撮影お断りだから好き勝手に写しているとなんだか気がひける。
この行事は長い歴史の中で延々と受け継がれて今に至り、おそらく将来和尚さんの息子さん、お孫さんが引き継いでいくことだろう。人は変わっても伝統は残る。残さなければならない。
思えばワシら一人一人にも何らかの務めがあってこそ、悠久の時の中に一瞬だけ生かして貰えているのではないだろうか?
 
「般若経」
 
新緑も 和して揺れるや 般若経
時はうつれど 人はかわれど
 
5月8日(日)晴れ
姫とミスターマックスに買物に行った時に、「セルフレジ」というやつにチャレンジしてみた。自分で商品のバーコードをピ!っとあてて精算していくわけだがこれがトラブルの連続。結局6回くらい店員さんを呼ばないとできなかった。あれは改善の余地がかなりあるな。商品が3つくらいまでならいいかもしれないが、カゴいっぱいに買った時には普通のレジに並ぶほうがよっぽどいい。
だがいづれは改良されて、10年後にはレジには全く人がいなくなるのかもしれない。そうやってなんでも無人化していくんだろうな。そして会話がなくなり、ふれあいがなくなり・・・便利になるのも考えもんだ。

午後遅くに「マイテレホン」の石田しゃちょーが遊びに来て下さった。一時は体調を崩されていたが、元気そうな様子だったので安心した。それにしても歳とらない人だ。初めて会ったのはもう10年以上前だがその時とほとんど変わってないように思う。とても孫がいるようには見えなかった。いい歳とり方だ。ワシのほうがよっぽど老化が早いような気がする。
 
「無人化」
 
無人化を 極めた先の 世の不安
話さず買える 味気なさかな
 
5月7日(土)曇り
今月の「ル・シュクル」さんの新作は「ミハオ」。「エルレイ」というチョコレートメーカーの「ミハオ」というチョコレートを使っているらしい。めちゃめちゃうまそうだった。今日は忙しくて食べられなかったのが残念でならない。



最近妙に甘いものが恋しくてしょうがない。チョコレートやアイスクリームが魅力的に見えてしょうがない。やばいかな?

今日は車で移動中に眩暈がした。結構長く続いたから「こりゃやばいかな?」とその後の予定をキャンセルして帰ろうかなとも思ったが、今日の最後の「雷山千如寺」さんで作業している頃にはなんともなくなっていた。一体何だったんだろう?過労か?連休明け二日しか働いてないのに?

「チョコレート」
 
チョコレート ワシを誘うな 惑わすな
 
5月6日(金)曇り
さて、戦線に復帰。今日は「ウイルホーム」さん、「ミドリエステート」さん、「大新住宅」さん、「粕屋のお客さん」の4件。帰宅は8時過ぎ。今月はこれから殺人的スケジュールだ。気合を入れねば!
 
なんと!水曜日の夜に発注したトルストイの「戦争と平和」全4巻がもう届いた!さすが郵便局。レターパックは便利だ。
日本文学専門だったワシの本棚も最近はかなり世界の文学が増えてきた。時々眺めて、「いいのばっかりあるなぁ・・・」と一人悦に浸る。でもまだまだ読むべき傑作は山のようにある。死ぬまでになるべく有名どころはおさえてしまいたいもんだ。いづれはあのプルーストの超大作「失われた時を求めて」にチャレンジする予定。読み終わるまでどれくらいかかるやろか?
だが忙しいのでなかなか読む時間がないのだな。信号待ちの時間ぐらいしかない。布団に入ると速攻で寝るし。本読み出したら徹夜できるっていう人が羨ましい。ワシなんかせいぜい2ページで夢の中だ。困ったもんだ。
 
「名作」
 
卓上の 名作これも 出会いかな
 
5月5日(木)晴れ
昨日の登山の疲れが残っているので今日は一日ゆるい休日。
昼飯はワシがナポリタンを作った。姫の評価はまずまず。その後、南区の大楠にあるカフェにお茶をしに。なかなかいい感じのカフェだった。なにより店主のゆるい雰囲気が気に入った。店名は「クリコット」。

夕べ、ついにネットで見つけたトルストイの「戦争と平和」全4巻を注文した。これでやっと読める。なんでこんなメジャーな本がどこのブックオフにもないのか不思議だ。これを読み終えれば、モームが選んだ世界10大小説読破も残るはディケンズの「ディビッド・カパフィールド」のみ。
 
「午後」
 
大楠の カフェでたゆたう ゆるい午後
 
5月4日(水)晴れ
昨日は鳥栖のアウトレットに行っただけのゆるい休日だったが、今日は登山。ここ最近楽勝の山ばかりですっかり軟弱登山隊と化していたワシらなので、久しぶりに登りごたえのある山にしようということで選んだのは日田の奥にある釈迦岳と御前岳。
渋滞を予想して朝7時半に出発。筑紫野から高速に乗ったが、基山インター付近から鳥栖ジャンクションまで少し渋滞したのみで後は問題なし。山田サービスエリアで持参した朝食を腹につめてからいざ日田へ。
日田インターを下りてから約40分。かなり山奥にある椿ヶ鼻ハイランドパークから更に奥へと進んで登山口へ。
ネットで調べたところでは最初の釈迦岳までは約30分となっていた。これはほぼその通りだった。時間的には短いが結構急で足が疲れた。
 
 
釈迦岳山頂からの眺め


釈迦岳山頂から尾根伝いにいく御前岳までの道のりは約1時間半となっていたが、なぜかワシらはそれほど急いでいないのに1時間で到着してしまった。結構ハードな山を予想していたがそこまでハードとは言えないかもしれない。
 
 
釈迦岳山頂付近から見た御前岳(三角形の山)


急なのでロープや鎖で登り下りするところが何箇所もあった。
 
 
高さ200mの絶壁を登る姫!

 
というのはうそで実は高さ2mもない。


山頂はどちらも素晴しい眺めだった。御前岳でおにぎりを食べてからすぐに下山。なんと1時には登山口にいた。

登山の後はお約束の温泉。今回は日田の近くにある琴平温泉。「粕屋のお客さん」がここはいいと勧めてくれたことがあったのでずっと行きたかったところだ。
男湯は2箇所に別れており、どちらも川沿いにあってせせらぎを眺めながらお湯に浸ることができる。お湯に入れる場所はいくつもあって、一番下はほぼ川の高さすれすれのところまで下りる。そこからすぐ目の前のところに滝が落ちている。頭の上には鮮やかな新緑だ。最高のロケーションでついつい長風呂してしまった。
風呂から上がると、冷たいラムネを買って飲んだ。あぁ何年ぶりだろう?この味。日本人のノスタルジーの味だな。
 
帰りはまた日田インターから筑紫野インターまで高速に乗ったが渋滞にはつかまらなかった。4時半過ぎには帰宅。
足は疲れたが実にいい一日だった。
 
「山」

釈迦岳 尾根を伝って 御前岳
山は喜び 山は思い出
 
5月2日(月)晴れ
今朝は早起きして、2007年以来の波佐見陶器市へ。平日だから比較的人手が少ないだろうと見込んで今日にした。それでも混雑を予想して朝7時過ぎに出発。背振のトンネル経由で東脊振インターに出てそこから高速で移動。なんと1時間半ほどで到着。しかもまだ早かったので駐車場ガラガラ。まだ客もちらほらしかいないのでまさに好きな店見放題。ゆっくりいいものを選ぶことができた。白山陶器はお約束だが、今回は他にもお気に入りの窯がいくつか増えた。
メイン会場から少し離れた窯元にも2ヶ所立ち寄った。窯元ごとにそれぞれカラーがあって面白い。自分の感性にあう窯元を探しあてると嬉しいもんだ。
帰りもあっという間。3時には帰宅した。重いリュックを背負って歩いたから結構疲れた。
 

 
「陶器市」
 
陶器市 ひとつと出逢う 嬉しさよ
 
5月1日(日)晴れ

今日は街へ繰り出す。まず平尾でランチ。これが大当たり。でも「ソワニエ」を見たら既に紹介されていた。さすがはユゲさんだ。
 
そして久しぶりの天神。ここは1年来ないと別の顔になってる。なんだかいろんなものが新鮮だった。まずは福ビルにできたTSUTAYAの古本屋へ。なかなかの品揃え。ここでホーソーンの「緋文字」を買った。
 
JUNK堂などあちこちと冷やかした後、テクテクと警固公園へ。そのすぐ近くにオープンした「オアシスコーヒー」さんの店舗に行ったがその店の大きさに驚いた。スタバやシアトルに全然負けてない堂々たるものだった。しかも安いし。これは成功するだろうな。さすが石川社長だ。やることがでかい。是非その調子でお店を増やしていって欲しい。きれいなコーヒーを日本中に!
 


「天神」
 
変わりゆく 天神我も 過去の人