この日記は全てノンフィクションであり、登場する人物・団体名などは全て実在のものです。
9月
9月29日(火)晴れ
またマンネリ化してきて効果が落ちたような気がするのでメニュー見直し。
床に置いたダンベルを握った状態で腕立て伏せをして、手が伸びきったところで片方のダンベルを持ち上げるという超ハードなダンベルプッシュアップローイングを取り込んだ。10回を9セットにしたがちょっときつかったので回数は減らすかもしれない。まぁできるだけ多くやってみよう。
涼しくなったから身体も鍛え時だな。

[通常トレーニングの日のメニュー]
ダンベルプッシュアップローイング  10回×9セット
オルタネイトダンベルカール 左右各10回×2セット
ダンベルベントオーバーローイング 10回×2セット
ワンハンドローイング 左右各10回×2セット
デッドリフト 10回×2セット
ダンベルスクワット 10回×2セット
シットアップ8種 各40回×1セット
プローンボディアーチ 20秒×3セット
ストレッチ

[タバタ式トレーニングの日のメニュー]
プッシュアップ(胸・腕)
アームカール(腕)
フラッターキックス(腹)
ダンベルベントオーバーローイング(背)
レイズドフィートプッシュアップ(胸・腕)
ハンマーカール(腕)
ストレートレッグクランチ(腹)
ダンベルスクワット(足・腰)
ストレッチ

[ランの日のメニュー]
ラン10km〜20km
ストレッチ
ランは月間合計100km以上 。

「腹直筋」

見る角度 変えれば割れる 腹直筋

9月27日(日)晴れ
金沢在住の姫の両親がはるばる福岡まで遊びに来てくれた
空港まで迎えに行き、「フォンタナ」で昼食の後ドライブ。小学校の頃姫の一家は福岡に住んでたので、思い出の地をまわった。なんと当時の家がまだ残ってて驚いた。そして当時のお隣さんも健在で、両親は思わぬ再会に喜んでいた。
その後は様変わりした福岡を案内した。千早から照葉経由で雁ノ巣へ。そして「ルイガンズ」でお茶した。
夜は姫の韓国料理でだんらんの時。やっぱり家族はいいもんだ。

電話はスマホ、スケジュール管理はタブレットでしている義父。ワシらよりハイテクだった。

「笑顔」

親といる 姫の 幼き笑顔かな

9月23日(水)晴れのち曇りのち雨
連休最終日。姫が走りたいというので早朝から5kmラン。そして「モロパン」で朝食。ここは我が家からも近くて最も使う頻度の高いパン屋。おいしくて安いしイートインもいい感じだ。末永く定着して欲しい。

今日は買い物くらいであとはのんびり。農作業と山登りとランで酷使した身体を休ませた。やっと休暇という感じがした。バルコニーのデッキチェアで吉村昭の「大本営が震えた日」を読んでたらいつのまにか昼寝してた。

墓参り、畑仕事、ドライブ、登山。充実の連休も終り。

「彼岸」

風はよし 日差しはきつく 彼岸花
変わるふるさと 父母は健在

9月22日(火)晴れ
連休3日目は山。今回は英彦山山系の釈迦ヶ岳と大日ヶ岳。斫石峠を境にして両側にある山だが、どちらも1時間程度なので2つ登ってしまおうということにした。

杷木までは高速で行くのでゆっくりと支度して、マキイで弁当を買ってから出発。ところが都市高速で既に渋滞。そして太宰府から鳥栖方面へなんと10kmの渋滞。こりゃ大変だということで都市高速を太宰府で降りて、下道を突っ走って鳥栖から高速に乗った。これが正解で、予定より少し遅れるくらいで登山口に着いた。

11時ぐらいに登山開始だったので、まずは釈迦ヶ岳に登ってそこでお昼にすることにした。1時間じゃ楽勝だなと思っていたのだが、すさまじい急坂でかなり体力を使った。山を時間で判断してはいけない。
釈迦ヶ岳の頂上は眺望良くて弁当を食べるには最適だった。



腹ができたら一度登山口近くまで下りてから、今度は反対方向の大日ヶ岳へ。こちらも坂がきつかった。ロープがある箇所が多いことがそれを証明している。おかげで上半身の筋肉もかなり使った。
大日ヶ岳の頂上の眺望はほんの少しだけ。ちょっと休憩しただけでそそくさと降りた。



下山してからお約束の温泉ということで原鶴を予定していたが、思ったより時間を使ったので急遽、自宅から最も近い御用達温泉「富士の湯」に変更。そこでさっぱりと汗を流してから帰宅。

夜はことにビールがうまかった。
ということで60個目は釈迦ヶ岳、61個目は大日ヶ岳。

「釈迦ヶ岳」

修験者を 幾人通す 釈迦ヶ岳
かざして見るは はるか英彦山

9月21日(月)晴れ
朝5時起床。田舎の朝は早い。
陽が上ると暑いので早朝から畑仕事。それを終わって風呂掃除も終わった時にまだ8時!田舎の一日は長い。

天気がいいので弁当持ってみんなでドライブに行くことにした。両親と姉貴夫婦、そしてちょうど遊びに来た叔母も強引に車に乗せて一路茂木浜へ。
最高の天気ときれいな砂浜に感動!まぶしい空と心地よい潮風があれば、たいがいの人は生きててよかったと思うだろう。まさにそんな気分だった。家族と分かち合うこういうひと時が大事。あとでこれこそ宝物になるのだ。





名残惜しいが夕方の便で帰福。親父はいつもワシと別れる時に、これが今生の別れになるかもしれないと握手してくる。だがこうやって今まで何回も握手した。あの様子じゃまだまだ握手するだろう。そうあって欲しい。
あぁこのまま恩返しもできずに終わるのか。大した男にはなれなかった。実に申し訳ない・・・。

「敬老の日」

敬老の このひとときの 波しぶき

9月20日(日)晴れ
今日から連休だが、まずは対馬に帰って墓参りすることにした。
到着してからまずは父方、母方の先祖の墓と、姉貴の嫁ぎ先の先祖の墓参りと掃除をした。
その後は親父の畑仕事を手伝って久しぶりに鋤を持った。わずかな畑を耕しただけだが、結構全身の筋肉に効いてるのがわかった。こりゃ下手な筋トレより効率がいい。上半身も下半身もまんべんなく使う。
それにしても80を超してまだ一人で畑仕事ができるんだから、親父の体力には驚かされる。幸い、我が家は両親とも元気だ。姫の方の両親も元気だからそれが何よりの恵みだ。
対馬もどんどん変化していくし、もう馴染みの顔もあまり見かけない。まるで知らない土地に来たような感覚だ。だが見上げた夜空は子どもの頃のままだった。あの安心に包まれていた頃の夜空。
あの頃は本当に幸せに囲まれていたんだなと、気付いた今は既に46。人は常に幸せを求めるが、満たされている時にはそのことに気付いていないんだな。

「月」

同じ月 見上げる者は 年老いて

9月16日(水)雨
夕方、仕事が終わってから姫と待ち合わせして久しぶりにコンサートに行った。ミカ&リチャード・ストルツマンのデュオコンサート。リチャード・ストルツマンといえば、世界一と言われているクラリネット奏者。奥さんのミカさんはマリンバ奏者ということで、クラリネットとマリンバという異色の組合せ。初めて聞くそのハーモニーには心底感動した。圧巻のテクニックで魅了するクラリネット。限りない可能性を感じさせるマリンバ。どちらも本当に素晴らしかった。

コンサートにしばらく行ってなかったから、生の演奏の良さを忘れかけていた。やはり時々はこういう時間を持たないといかんな。副作用のない精神安定剤だ。

「クラリネット」

秋の夜に 天下をとった 音を聞く

9月12日(土)曇時々雨
昨日、羽田空港の本屋で買った本が面白すぎて夢中で読んでる。福井紳一の「戦後日本史」。

ワシは歴史が大好きなので今までもさんざん歴史ものを読んできたが、その対象となる時代は戦国時代、明治維新から日露戦争まで、太平洋戦争前後の3つに集中している。歴史というのは後世の人間からみると、その時代の民衆が不幸な時ほど面白い。それに作品もこれらの時代のものが多い。だからどうしてもそうなってしまう。

自分は戦後から現在に至る日本の歩みをどれだけ知っているか?と考えると実に曖昧なものであることに気付いて焦った。作者も書いていたが戦後の変遷については学校の授業でも実に短い時間しか割かれていないらしい。そういえば学校でしっかり習った記憶はない。戦国武将の名前は何人も知っているが、戦後の歴代首相の名前を言えるだろうか?そういう人はきっと多いと思う。
というわけで今せっせと読んでいる。作者は予備校の先生ということなので非常にわかりやすく書いてあるのも助かる。これこそ教科書にしたら子どもたちは戦後をしっかり理解できるのではないだろうか?
作者曰く、歴史を正確に知らないと、今起こっていることの意味がわからないと。まさにその通りだと思う。不穏な空気が一掃されない昨今だからこそ、歴史を学んで次に打つ手を誤らないようにしなければいかんよなとしみじみ思う。

「灯」

闇の中 過去を学びて 灯をともす
せめて照らさん 己が足元

9月11日(金)晴れ
朝5時半に家を出て朝一番のスカイマークで東京出張。東京もいい天気だった。今回の出張で決済が終り、東京の物件もようやく終了。もうしばらくは東京に行くことはないかな。毎回羽田と現地の往復のみだったのであまり東京を楽しむことはできなかったけど。
今回の取引は大いに勉強になった。一つ自信の石段を積んだ気がした。実戦経験は何にも勝る勉強だ。わからんでもとにかくぶつかって、失敗して、恥かくことだな。そこで測り知れないほど多くのことを学べる。
とはいえ、ワシはちと失敗が多過ぎるかな・・・。

「自負の石」

冷や汗を 流して積むや 自負の石

9月8日(火)晴れ
一週間も日記を書いてないことに我ながらビックリ。一週間の早いこと!
今日は姫の誕生日なので、帰ってからえしぇ蔵クッキング。フジッリ アッラ ブッタネスカを作った。う〜ん、いまいちの出来だったが、まぁこういうのは気持ちやから(笑)。
週末にもう1回パスタを作ることになったので次回はバッチリ決めよう。

今日は筋トレ。
身体の疲労度がすごいのがよくわかる。土日で不動産取引した古家の片付けをした疲れが残っているのだろうと思う。ああいう作業は下手な筋トレよりよほど疲れる。
廃品回収に来た兄ちゃんの腕が丸太のように太いのでビックリしたが、なんとアームレスリングの全日本のチャンピオンだった!しかも世界第3位になったこともあるそうな!どうりで太いわけだ。
人当りもよくさっぱりした印象で非常にナイスガイだった。なんでも極める人ってどこかやっぱり違うもんだな。

片付けした古家の住人は既に故人だが、家の中のいろんなものをゴミ袋に入れてると、一つの人生がこうやって過去になるんだなぁとちょっとしんみりしてしまった。この家にも人であふれて賑やかな頃もあったろう。楽しいこと、悲しいこと、いろんなドラマがあったろう。だが今は全て過去のことだ。誰にとっても、どんな人生にも、終りが来るのだ。そしてどんどん過去の奥の方に押しやられてしまうのだな。
結局人生なんて死ぬまでの時間をいかに生きるかという、ただそれだけのことだな。
ゴミ袋の口を閉めながらそんなことを考えてしまった。

「暦」

めくられぬ 暦悲しき 古家かな

9月1日(火)晴れ
どっどど どどうど どどうど どどう    
青いくるみも吹きとばせ すっぱいかりんも吹きとばせ
どっどど どどうど どどうど どどう
どっどど どどうど どどうど どどう

先ごろ、三郎から聞いたばかりのあの歌を一郎は夢の中でまたきいたのです。
びっくりしてはね起きて見ると、外ではほんとうにひどく風が吹いて、林はまるでほえるよう、あけがた近くの青ぐろいうすあかりが、障子や棚の上のちょうちん箱や、家じゅういっぱいでした。一郎はすばやく帯をして、そして下駄をはいて土間をおり、馬屋の前を通ってくぐりをあけましたら、風がつめたい雨の粒といっしょにどっとはいって来ました。

(宮沢賢治 「風の又三郎」)


これを読むことがワシにとって夏と秋の交替を意味する。もう何回読んだかな。そしてあと何回読めるかな。
今年も読めたことに感謝。

先週の台風は又三郎だったのかも。

「夏」

四季あれど 去りゆく影を 残す夏